「医者の私がいうのもなんですが、実はあなたの病気は治療する方法がないんですよ」こんな言葉を主治医に投げかけられたら、あなたはどうしますか?

 

再生医療が現実化しつつある今日でも、世の中には「名医」とよばれる医者でさえ、サジを投げてしまう病いがいくつもあります。
眼球の裏側にあって眼に入ってくる情報を像として映し出す、ちょうど映画のスクリーンのような役割をしている網膜の病気も
その中に含まれるでしょう。
網膜色素変成症、糖尿病網膜症、黄斑部網膜上膜形成症、網膜動(静)脈閉塞;症、
そして黄斑変成症・・・。
名前こそ違えそのどれもが難病であり、一度罹患するとあれよあれよという間に視力が低下して最悪、基本的な日常生活さえ自分一人ではままならない状態に至ります。
失明の恐怖に脅えながら、病気の進行が止まるのをただ待つほかないのです。

 

私は神奈川県在住の50代の自営業者です。私が罹患した黄斑変成症という病気は「おうはん(黄斑)」とよばれる色素が集まった網膜の中心部で炎症が起こる病気です。

原因としては加齢や紫外線、ウイルス、活性酸素、ストレスなどが挙げられていますが、実のところよくわかっていません。
炎症が起こると、ちょうどムンクの絵画「叫び」のように対象や空間が歪んだり、視野が欠落したり、色が白っぽくなったりと、正常な状態とはほど遠い見え方になります。
そして、黄斑の中心部から出血して網膜が萎縮するか、網膜の裏側から血管(新生血管)が伸びてきて炎症を繰り返していくか。
多くの人がどちらかの道をたどります。
一度萎縮したり、炎症を起こした部位は色素が剥がれてしまい、二度と再生することはありません。
ですから、ダメージを受けた部位が拡大すればするほど、黄斑部で見なければならない細かな部分がどんどん見えなくなっていき、それにともなって生活の質も下がっていくのです。

 

たとえば新聞や本の文字、テレビの字幕などが読めなくなり、一円玉と百円玉を区別したり、湯呑みに茶を注ぐことさえ苦労するようになります。
車や自転車の運転はほぼ不可能。
それどころか、暗い場所はとくに見えにくいので、夜間の外出も控えがちになります。
さらに辛いのは人とのコミュニケーションです。
顔を見分けたり、表情の変化を察知することができないため、外で知り合いに会釈されても気づかなかったり、会話中の受け答えがトンチンカンになったりと、さまざまな軋轢や誤解を生んでしまいます。

そんな状態ですから、外食や小売といった接客を伴う仕事、車を使わなければならない営業、細かな部品を扱う製造の仕事などでは大きなハンディとなります。
それゆえ、患者のなかには世の中から疎外された気分に陥り、うつ病や引きこもりといった二次障害を併発するケースも
少なくないといいます。

 

私が初めて阿佐ヶ谷にある中国気功養生センターを訪れたのは、まだ厳しい残暑が残る2007年9月半ばのこと。
ちょうど左目を罹患して10年、右目を罹患して2年が過ぎた頃でした。
長年、子宮筋腫で苦しんできた友人の妻が、牛院長の施術で症状が改善したので、私もどうかと声をかけてくれたのがきっかけです。
私の症状を牛院長に説明すると、レーザー治療や手術をしていない自然な状態であれば、「回復する可能性は十分にある」との助言があったというのです。
しかしその頃、私は自分が罹患した病いが現代医学ではどうしようもないことを知り、暗澹とした毎日を送っていました。
将来に光明を見出せず、見るもの、聞くものすべてがわずらわしく感じられていたのです。
ですから「気功」という言葉を聞いたきにも、霊媒や祈祷などと同種の怪しいパフォーマンスであるかのような先入観から、どれだけ彼女が熱心に薦めてくれても、積極的にセンターを訪ねてみようという気にはなれませんでした。
とはいえ、私の住む街までわざわざ片道1時間近くかけてやってきて、かたくなな私の心をほぐそうと親身に説明してくれる彼女の好意を無下にすることもできません。
そこで「騙される」ことを覚悟で、一ヶ月だけ通院してみることを約束しました。止める口実となるチェックポイントを頭の中でまとめた後で・・。

 

私が考えたチェックポイントとは以下の3点でした。
一、気功は本当にあるのか?
もし、気功なるものが本当にあるとすれば、症状はすぐに改善しなくても、何らかの反応が体感できていいはずです。
逆にそれができないとすれば、霊媒や祈祷などと本質的に同じといえるでしょう。
二、施術者の能力は本物か?
仮に気功があるとしても、能力が劣っていたり、人物が信用できない施術者とはお近づきになりたくありません。
私自身が治療を委ねてもよいと思える人物かどうか、それが第二のポイントでした。
三、自分にとって効果があるか?
当然ながら、これこそが通院の目的であり、一番重要なポイントです。症状の改善が気分的なものでなく、明確に実証されること。
でなければ、気功とは患者の思い込みに依存して「治す」怪しい施術ということになります。

 

これだけハードルを高くしていれば、きっとどの段階かでボロが出るに違いない──。
当時の私の関心は効果があるかどうかよりも、牛院長なる人物の気功が本物かどうかにあったように思います。
が、果たしてそうした私の浅はかな疑念は、通院を始めて三週間もしないうちに、ものの見事に払拭されたのでした。

 

最初にわかったのは、牛院長の人柄や能力でした。
初対面の牛院長はユーモアにあふれた、やさしそうな人物という印象で、腹の底から発っする声の力強さからは、武術の心得がない私にも、ただ者でないことが十分に察せられました。

驚かされたのはその洞察力です。
牛院長は私を見るなり「眼だけでなく、腎臓と肝臓の状態も良くない」と指摘し、「眼の病いはいわば枝葉末節。根にあたる腎臓が弱いために眼が悪くなり、その影響が肝臓にもきている」と結論づけたのです。
腎臓と眼と肝臓にどんな相関関係があるのか、なぜ瞬時にそのような分析ができたのか、私にはいまだに理解できません。
が、その内容はどれも私にとって心あたりのあるものでした。
というのは、私は幼い頃に腎臓炎を患って1ヶ月ほど入院した経験があり、成人してからも2度尿管結石になったり、尿検査のたびにタンバクが出ていることを指摘されるなど、腎臓は私にとっていわば時限爆弾であり続けてきたからです。
また肝臓にしても、眼を患って以降、日常生活の中でのストレスが増えたせいか、胸から背中にかけてたくさんの吹き出物ができるようになっていました。
そうした事実は牛院長はもちろん、紹介してくれた友人にさえ知らせていなかったことです。
超常現象はいまだに信じることができない私ですが、牛院長の話を聞いたときには、さすがに「この人には一体何が見えているのだろう?」と、背筋がぞっとしたことを思い出します。

 

気功の存在も、その日のうちに「好転反応」という形で実感することになりました。
疾病を抱えた人などが気功の施術を受けたとき、効果の予兆として一時的に襲われる体調不良、これが好転反応です。
その症状や程度は人によって差があるそうですが、私の場合には施術のほぼ1時間後に襲ってきた、歩くことさえままならないほどの強烈な脱力感でした。
私は視覚障害者とはいえ、体力にはある程度の自信をもっており、当日も施術後にスポーツセンターでひと泳ぎして帰る予定でした。
それが最寄り駅で電車を降りた途端、あまりの身体のだるさに、ホームのベンチに座り込んだまま動けなくなってしまったのです。
施術中、牛院長に触れられた場面といえば、終わりがけに肩や背中を軽く叩かれたくらい。
それ以外は床の上で仰向けになり、頭上で手をかざされていただけです。
にもかかわらず、それほどまで体調に変化が現れるとは尋常ではありません。
もちろん当日は風邪をひいていたわけでも、腹痛に苦しんでいたわけでもありませんでした。
状況が理解できない人の中には「暗示、マインドコントロールや催眠術ではないか」という人もいますが、そうでないことはそれから2週間後に証明されることになりました。

 

「2週間後」とは気功の効果を最初に確認できた日のことです。
それまで私は週2回の頻度で計4回、センターに通いました。が、毎回好転反応はあるものの、効果の徴候は一向に現れません。
そこで、紹介してくれた友人にその旨を伝え、当初の予定どおり、あと数回通院したら気功治療を止めてしまおうかと思っていたのです。
ところが…。

友人夫妻と都内のファミレスに入り、何を注文しようかとメニューをとったときです。
普段は4.0(一般に70代以上が使用)の老眼鏡に拡大ルーペを併用してやっと見えていたメニューの文字が、裸眼で認識できるではありませんか!
「サラダバー」「ジュース」「おすすめ」それは単行本の文字よりもやや大きな、カタカナとひらがなだけでしたが(画数の多い漢字はまだ、認識できませんでした)、右目を患って以降、ほぼ2年ぶりに裸眼で読めた活字でした。
ちなみに、暗示や催眠術では読める文字が読めなくなることはあっても、読めなかった文字が突然読めるようになることは絶対にありません。

 

実は後からわかったことですが、このとき私の眼には大きな変化が起こっていました。
網膜から出血し、萎縮して視力がほとんど出なかった左目が、ほぼ10年ぶりに見えるようになっていたのです。
大学病院の眼科医の説明によると、それまでほとんど脳に情報を送ることがなかった左目が「何かのきっかけ」で活性化し、まだ色素が残る黄斑の上部に焦点をずらして情報を伝えるようになったのだそうです。
これも読める、あれも読める治療を止めよう決めていたこともいつの間にか忘れ、私はメニューやチラシなど、店内で目に止まる文字を嬉々として読み上げていました。

 

そんな私を見て、牛院長の施術能力をわかっていた友人夫婦も、改めてその能力の高さに驚いた様子でした。
それからほぼ3ヶ月余りが過ぎようとしている現在、私の眼の状態はさらに良い方向に進んでいるようです。
最近、大学病院で検査したところでは、矯正視力で右眼0.5、左眼0.3。
まだ、像の歪みや視野の欠落などがあるとはいえ、センターを訪れるまで右眼0.03、左眼0.01だったことを考えれば大変な進歩といえるでしょう。
太陽光の下では単行本はおろか、新聞の活字さえ裸眼でなんとか読める状態になりました。
色素が剥がれて像が映らなかった部分には、うっすらと文字の影が見えるようになっています。
「二度と元には戻らない」といわれた網膜の色素が再生しているのかもしれません。
なにより嬉しいのは、右眼にあった新生血管の活動が止まったことで、これによって失明の恐怖から解放されることになりました。

余談ながら、尿の排泄も良くなり、飲酒しても翌朝すっきりと目覚められるようになった気がします。
これも牛院長の気功のお陰でしょうか?

 

ものが見えるということは、他人と認識を共有できることであり、個人が社会とつながることでもあります。
その意味で、牛院長は私に視力を与えてくれたのと同時に、社会に復帰するチャンスを与えてくれたといえるでしょう。
私はいまこの喜びをかみしめながら、施術してくれた牛院長、そして牛院長と引き合わせてくれた友人に心から感謝するとともに、気功という東洋医学の奥深さ、すばらしさを実感しています。